朝、「そろそろ65歳で会社勤めもおしまいです。こんなの作ったので送ります。」と父からもう使えなくなるであろう勤務先のメールアドレスでPDFが送られてきた。入社から現在に至るまでの仕事がまとめられたポートフォリオだ。表紙は『Thanks 1982-2022』。教科書会社に勤務している。確か3浪くらいして美術大学に入ったはずなので、入社一社目で定年まで勤め上げたようだ。 自分の送別会で見せるのだろう、2ページ目に挟まっている挨拶文には「今後はフリーランスとしてデザインに関わってまいります」とある。フリーランスのデザイナーとしては私の方が1年先輩になる。父の定年を機に(肩書きの上では)私は親を超える。
ページ数は40ページある。勤続年数と同じだ。教科書の表紙や書籍の表紙、それと『Software』という章にはPCソフトやゲームソフトのパッケージが並んでいる。一時期、『トンキンハウス』という名前でゲームを作る部門があった。子供の頃、ゲームや漫画の娯楽が制限されている方の家庭だったが、その頃は「◯◯制作部」とカートリッジの背に黒いマジックで書かれたゲームソフトが家にあった。このPDFに並んでいるゲームのいくつかはプレイしたことがあるが、これらのパッケージを父がデザインしたことは知らなかった。持って帰ってくるのはカートリッジだけだった。
PDFを眺めながら、先週末にSlackのリマインダを設定した請求書や見積もり関連の事務作業を午前中に済ます。息子の通う幼稚園が水曜日まで休園になってしまったため、隣の部屋には息子がいる。妻が11時前に息子を散歩に連れて行こうとするが準備が進まず、11時半くらいに叱られながら出ていった。仕事のキリが良いところで合流し、昼ごはんを一緒に食べる約束をした。
内容はあまり覚えていないが、子供のときによくやっていた『太陽の神殿』というファミコンのキャプチャが貼られたサイトを見始める。マヤ文明の遺跡を舞台にしたゲーム。実在する遺跡の「チチェン・イッツァ」はこのゲームで覚えた。サイトに貼られている遺跡に入っていく画面のキャプチャを見て、「たったったったっ…」という足音のSEが脳内再生される。12時過ぎ。家を出た。たったったったっ…。
お城近くの空き地でバドミントンのようなもので遊んでいる息子と妻が見える。道中、全ての信号が赤のタイミングだったので、いつもより時間が掛かった。妻が息子にバドミントンのやり方を教えているようだが、息子は自分のルールで遊んでいる。このルールは「自分ができる範囲で策定された」ルールなので、それでは新しいことが出来るようにはならないと、いつも言われている。おそらく息子も理解はしている。 昼ごはんを食べる予定の店はこの空き地の目の前である。風は少し強いが、気温は高くて日差しもある。店内にいるスタッフへテラス席希望の旨を伝え、案内される前に座る。子供用の椅子を持ってきたスタッフに、チーズハンバーグランチとタイ風春巻きランチ、追加のライス1つを注文した。
注文が来るのを待っている間に、父からポートフォリオが共有されたことを話そうかと思ったが、iPhoneの小さな画面で40年分のPDFをチーズハンバーグが焼き上がるまでに見せることが難しいと判断した。