今年に入ってから、趣味にまつわるものを整理している。陶芸は通っていた工房が閉じたことをきっかけに。釣り道具は子供が小学生になったといえ、まだ手が掛かるということが分かったことをきっかけに。極端に整理している。いわゆる「かたちから入るタイプ」と呼ばれる層なので、使わなくなっていた道具も多いのだが、8〜9割は処分対象としてまとめた。道具には買った時、使った時の記憶が、普段気づかないが、びっしりと。
陶芸も釣りも、こう、幽体離脱みたいなもので。普段の色々を一旦置いておいて、手元の作業に好きなだけ時間を掛ける。気付いたら暗くなっている。暗くなってからが釣れる時間帯。ただ、いつのまにか工房に仲間の子供たちが増え、川に入っている時間に学校から帰ってきている子供がいる。夕飯の時間を気にする。帰り道が渋滞している。肉体と幽体を繋ぐ白くぼんやりとした、すじを引かれる。どうでもよくなってしまった感覚。別にやめるわけではない。プラスチックのケースから紙袋へ、ルアーと釣り針をザザザザと捨てる。
12時40分。いつもの町中華。今日は天気が良いのでニットにベスト。店内BGMは『アルマゲドン』のテーマ曲「I Don’t Want to Miss a Thing」。エアロスミス。趣味の道具を処分していることが、ドラマチックに演出された。日替わりランチと瓶ビール。ランチは「豚肉とザーサイのかおり炒め」。「かおり」がひらがななのが良い。入り口すぐの小さな二人がけテーブル。左側にすりガラスがあり、ディフューズされた自然光が入る。瓶ビールはキリンラガー。シルバーのラベルに印刷された麒麟の体が黒く見える。机には白胡椒と黒胡椒。黒胡椒の蓋は取れていて、9つの穴が剥き出しになっている。ビールを頼むと付いてくる枝豆。今日の塩加減は良い。 紀伊國屋のエコバッグを二つ、色違いで提げた女性が入店。このあたりにはない。鎌倉が一番近いか。「日本酒ってグラスに一杯でいいですか?緑色のじゃなくて」と、奥から聞こえてきて、緑色のってなんだろう?とiPhoneにメモしながら、300mlくらいの小さい小瓶のヤツか、と分かる。ここは通し営業。13時くらいから、酒を飲む人が増えてくる。それに混じって本を開いている。
ランチが運ばれてくる。運んだついでに隣のテーブルの食器を下げて、奥のキッチンに行こうとした店の人が後退りをしてくる。スープ、おかわりしてくださいね、と。ご飯もおかわりできる。料理の量が多いので、一度もおかわりはしたことがない。それを知っていての、ご飯ではなくスープのおかわりを勧める一言だ。メインの豚肉とザーサイのかおり炒め、入っている食材が多いのはどのニューも同じ。レンコン、菜の花。この辺りはメニューに書いてもいいと思いながら食べる。レンコンは冬になるとスーパーでよく見かけるし、昔、テレビで寒い中、レンコンを収穫する映像を見たことがあるので、旬なのだろう。
私はレンコンのきんぴらを作るのが好きで、これは昔、目黒の学芸大学に住んでいるときに近所の小料理屋で教わった。カウンターが6席くらいの小さい店。まだ20代後半くらいだったと思う。周りの客は30〜50代。店主は若くて気さく、単価も安かった。予約していくというよりは、前を通って空いていたら入るという感じ。ここの定番メニューでレンコンのきんぴらがあって。ごろごろとしたレンコンだったので、切り方と味付けを教わった。レンコンは叩いて砕くと断面が増えて味が染みると言われて、叩いてみたものの、潰れるだけで上手くいかず、包丁を縦に入れて細長い状態にしてから手で割るようにしている。味付けは?と聞くと、作業台の下から業務用のキッコーマンを出してきたのを覚えている。こだわりの醤油じゃないんだ、と思った。メーカーなんてなんでもよくて、煮切り醤油にして1日以上寝かしたものを使うのがコツだ、と。分量は聞かなかったから、適当に作っているが、レンコンのきんぴらは美味しい。学芸大学から引っ越した後も何度か通ったが、店主が実家の旅館を継ぐために、店は無くなってしまった。
豚肉とザーサイのかおり炒めを食べる。一旦、本を閉じて、空いた左手にご飯茶碗。口に運んだ箸から炒め物がご飯に落ちる。少し雑に挟んで、あえて1割くらいの炒め物を落とすイメージ。そして、炒め物が落ちたあたりのご飯を食べる。ビールはコップ1杯分くらい残っているが、この繰り返しの中に組み込むことが難しい。「こうなってくるとビールが少し邪魔になってくる」としょうもないメモをiPhoneに残していると画面上部にSlackのメンション通知。焦って大根とにんじんの漬物、それぞれ2枚をいっぺんに挟んでしまう。店内BGMはリンキン・パークの「Numb」の誰かのリミックスバージョン。「Numb」はやたらバリエーションがあった気がする。ご飯が半分になり、底の見えた茶碗。箸からおかずが茶碗の底に落ちたので、拾い上げてご飯の上に乗せた。