「上親子丼」がなんなのか確認するために注文してみたが、「上」ではない普通の「親子丼」を注文したことがなかったので、運ばれてきたこの親子丼のどこが普通のそれに比べて上回っているのか、想像するしかなかった。
今日は息子と妻が午後3時くらいまで出掛けていて、私も夕方から都内に用事があるため、ほとんどの時間を一人で過ごす日になっている。
午前中、いつも通り息子を幼稚園のバスに乗せた。今日は午前で幼稚園が終わる。11時前くらいに息子を迎えに行くついでに妻が出掛けて行った。家に一人になった後、仕事の打ち合わせをする。打ち合わせ中、一昨日注文していた渓流用の釣竿が届いて一時的にミュートにして対応する。打ち合わせを終え、届いていた釣竿の段ボールを開封し、ゴミを分別。何本も並んでいるロッドスタンド(古道具屋で買った学校の傘立て)に、新しい釣竿も馴染ませる。
12時過ぎにコープの宅配を受け取り、こちらも開封し野菜室と冷蔵庫と分別した。「コープを受け取った」というメッセージを妻に送り、昼ごはんへ出る。
先日、妻と行った古い鰻屋の「上親子丼」を食べようと思い5分ほど歩いていく。途中、釣り仲間になったフランス料理屋の前を通る。「しばらくの間、金曜土曜のみ営業」という張り紙。
藍色の暖簾をくぐり、すりガラスのはめられた引き戸を開け、挨拶をする。店内には2組。一組はノンアルコールビールの小瓶を2瓶空にしている。どの席でも良いという。入ってすぐの席、今日はテレビの見える側に座った。
店のおばちゃんがメニューとお茶を持ってくる。メニューが置かれる前に上親子丼でと伝える。マスクと滑舌の悪さと、(常連でもないのに)急な注文でちょっと間が開く。「上、親子丼ね」と上であるかどうかを確認するように繰り返された。テレビのパラリンピックを時折眺めながら持ってきている本を読む。70代くらいにみえる婦人(と言いたくなるような品を携えた)2人が入店。私の席の後ろに座る。
しばらくしてノンアルコールビールの2人組は会計をして出て行った。出て行った後、そのノンアルコールビールを2本ではなく1本で会計してしまったことに気づき、店のおばちゃんは店の外へ出て行った。幸い、すぐそばにいたのだろう、ノンアルコールビールの2人を連れて戻ってきた。1本分の300円をお支払い。
私の後ろの婦人たちが「鰻丼」と「鰻重」の違いを店のおばちゃんに聞いている。値段は同じ3,600円。違いは入れ物の違いだけだという。「どちらがオススメかしら」と聞くが、入れ物の違いでしか無いから、お客さまのお好きな方で…という歯切れの悪い回答になるおばちゃん。婦人二人とおばちゃんの3人で相談を続け、「鰻重の方が食べている姿が上品」という理由で鰻重になった。
「上親子丼」が運ばれてきて、藍色の絵付けがされた白い丼の蓋を開けると、濃い色の黄身がひとつ乗った親子丼だった。普通の親子丼にはこの濃い色の黄身がなかったりするのだろうか。全体の味付けは甘め、鶏肉は小さく切られていて、小さく薄く刻まれた椎茸も鶏肉と一緒に卵でとじられている。汁がご飯の隙間を抜け、丼の下に薄く溜まっている。「上」のヒントになりそうなものを探す。
「…講習、更新と返納があるでしょう。返納が一番時間がかかるのよ」と後ろから聞こえてくる。高齢者に返納を促す免許のことかと思う。どうやら最近、返納をしたらしい。ただ返納した免許は車の免許ではなく、オートバイの免許のよう。取得から40年、昔はオートバイで集金をしていたらしい。何の集金だろうか。その職場にはオートバイに乗れる人が多くなかったから、山の中でもどこでも担当していたようだ。
いい話を聞いたと思いながら、「上親子丼」の1,150円を支払う。帰り道、コーヒースタンド(と呼んで差し支えないお洒落な店)に寄る。ドアにはOPENと札が出ていたし、店先には店主のベスパが停めてあったのだが、ドアが開かない。2、3度引くが開かず、目を下にやると鍵がかかっているのが隙間から見えたので諦めて手を離すと、鍵が空いた。中からタバコを咥えた口の周りに白い髭を生やした店主が出てきた。
今日はいつもよりツイてる日かもしれない。