風がとても強い。スナックの看板が落ちてこないかと、上ばかり気にして歩いている。借りているシェアオフィスのオーナーに昔遊郭だったという話を聞いた建物を過ぎたところにある交差点を渡るために目線を落とした先に「とりかつ屋」の文字が目に入った。ちょうど昨日の夜、3歳の息子から牛肉と鶏肉と豚肉とどれが一番好きか、という質問を受けて、鶏肉だと答えたばかりだったので、とてもちょうどいいタイミングだった。今日の昼食は 「とりかつ」に決まった。
スナック街を過ぎたこの辺りも古い飲食店が多くて、つい、衛生面が気になる。ただこの店は建物のわりには引き戸や暖簾、メニュー表の手書き文字以外が綺麗だったのと、「感染防止のため3人以上での来店お断り」と書いてあったのが独り本を読みながら昼食をとる自分にとっても都合がよかった。午後1時過ぎ、店内はカウンターのみ、すでに昼食を終えた40代くらいの男性客が一人、徹子の部屋が流れるテレビを見ているだけだった。画面を見ずに音声しか聞いていなかったので徹子の部屋かどうかはあやしい。 入り口一番手前の席、使われていないレジの前に座った。応接室にありそうな少し背もたれの高い椅子に座ったのだが、背もたれの高さからイメージしていた座面より10センチくらい低くて、うわってなって、変な座り方になってしまった気がする。
トリのカツを食べることを決めていたので、メニューはそう長い時間眺めず、席に着く前に注文を伝えてしまっていた。この店に限ったことではないが、店内にはトリのカツ以外のメニューが多く書かれていることに気付いて、食べる前からもう一度こようと思うことがある。 店の名前は「とりかつ屋あつこ」というらしい。あつこ。小学生の時に同じクラスで活発で印象の良い女の子があつこだったのを思い出したが、店の人は自分より10も20も上に見えるので人違いだ。そして、オフィスに戻って店名を検索したら「あつこ」というのはこの女性ではなく、オーナーのお笑い芸人「あつこ」という男性だということ知ったので、壮絶な人違いだった。ネタはまだ検索していない。
一般的なトリカツの部位はモモだったかムネだったか、ムネを注文したが他のメニューを眺めているうちに出されたカツの味が一般的かどうかわからなくなってしまった。二種類の鷄カツの他に、鶏クリームコロッケ、鶏メンチカツ、チキンソティ、それに加えて豚も控えている。豚ロースカツ、ポークソティ。さらにこれは店の表には書き切れないな、という副菜たち。フライドポテト、チーズフライ、とり皮チップ、とり皮ポンズ、餃子、塩ラーメンなどなど。塩ラーメンは5回目以降のメンバーだなと思いながら、鶏の胸肉のカツをいただく。
白くて丸い平皿の上、油切りの網に乗った幅20センチメートルくらい、8つに切られたトリカツ。副菜は漬物、揚げ豆腐、わかめサラダ、卵焼き、小さな鯖の塩焼き。少しきつめに詰められた白ご飯と、味噌汁。味噌は白味噌。全体のボリューム感だけでもこの観光地ではアタリなのだが、カツに付けるソースが普通のソースとカレーソースが出てきた。言わずもがな一口大のチキンカツカレーが切り身毎に作れるのは、お笑い芸人(吉本所属)のオーナーのユーモアだろう。
食べ終わると開けないでとっておいたおしぼりで口を拭いてマスク越しにお会計をお願いした。いつも手を洗ってから昼食に向かうのでそうしている。税込みで1000円だった。あつこさんではない女性はコートに財布が入りきっていない私をみて「財布落とさないようにね。ピーコート。」と声を掛けてくれて、お礼をいいながら店をでた。 先にカウンターに座っていた男性は近所に住んでいて親しいらしく、私が食べ終わってもまだテレビを見ていた。