向こう岸まで歩いて行こうと思う。こっちは釣り人がいないから。仕事場から徒歩1〜2分で海に着くのは魅力的なのだが、観光地でヨットハーバーということもあり、景観美化のためにここ一帯は釣り禁止になっている。この前はサヨリの群れがいた。30センチメートルほどの良型。釣りができるのは湾を右手にぐるりと歩いた先にある堤防だけで、釣り公園になっているので入場料も掛かる。釣りをしている様子を見ながら昼食をとりたい私は向こう岸まで片道20分くらいかけて歩くことがしばしばある。
何をテイクアウトしていくか。釣り公園の管理棟でカップラーメンが売っているのだが、今日は2021年1月19日、管理棟が営業自粛している可能性もある。釣具を持たない私は堤防で食料を調達する術がない。こちら岸でマグロバーガーを買うことにした。1,500円。どうせ誰と食べるでも誰に見せるでもないのに1,500円。フレッシュネスかモスが変な気を起こして出店しないかと考えつつ、バーガーショップの店員がさっきまで吸っていた消し切れていないタバコの入った灰皿の横のベンチで出来上がりを待っている。煙い。立って待ってると急かしているように見えるので仕方なく座り続けている。隣のカフェがうるさい。入り口を開け切って少し道にまではみ出したテーブルに、50代から60代くらいの男女数名、お酒を飲んでいるようだ。ずっと体毛の話をしている。「男の胸毛はセクシーだ」とか、「オンナも毛深い方が好みだ」とか、全員がほぼ同時に発話していて誰も聞いていないのにみんな楽しそうに大声で笑っている。耳だけ傾けてハンバーガーを待っている。一番外に座っている女性が「若い人は男も毛を剃っている。剃っている。」と言い続けていて、ハンバーガーを待っている私に気づき、「あそこの若い人が座っている。若い人が座っている。」と聞こえる声で言い出したが、ハンバーガーはまだこない。まだ言っている。目は向けないが。
なんとかして手に入れたハンバーガーとポテトとホットカフェオレを持って向こう岸へ向かった。まとめられた紙袋にはドリンクのホルダーも入ってるので、少し歩いてもきっとこぼれないだろう。 釣り公園の手前に護岸工事をやっているところがあって、工事の邪魔にならない程度なら釣りをしていても咎められないエリアになっている。今日は少し工事の雰囲気が立て込んでいたので、少し手前にあるベンチで食べることにした。ベンチからは工事と奥にある釣り公園が見える。ここも釣りができるが今日は人がいない。釣り人からよく餌をもらっているのだろう、すぐに一匹の野良猫が近づいてきた。鳶よりはいい。と思っていたが慣れているせいで図々しい。右手に置いていたハンバーガーとポテトとホットカフェオレの入った紙袋を覗き込んでくる。右から左に紙袋を移動すると静かに左に移動してくる。もう一度、右に移動するとさすがに諦めたのか、私のすぐ左側、コートの端に少し乗るようなかたちで並んで座った。
猫と並んで座りながらハンバーガーを食べている。何度か話しかけそうになる。少し猫にかまっていて目を離してしまったが、誰も釣れてないようだ。釣り公園の右、湾の入り口からクレーンを積んだ船が入港してきた。目の前に停まったら釣りが見えなくなって嫌だなと思うと、やっぱりそうなった。釣り人が見えない。しかも船のエンジンから吹き出す黒い煙が風に乗ってこちらに流れてくる。煙い。ハンバーガーはほとんど食べ終わっていたし、移動するにも釣り公園が見える位置(もうクレーンで見えないのだが)には他のベンチがない。煙くないふりをしながら妙に薄いホットカフェオレを飲み干す。飲み干したカップを紙袋の中のホルダーに戻すと食べ終わったことに気づいたのか、横に座っていた猫も立ち上がりベンチを降りて右手の方に歩いて行った。なんとなく目で追っていると、猫が道の角を曲がる時、まさに一瞥といった感じでこちらを振り返った。手を上げそうになった。